○2014.5.17up

 5月13日函館オーシャンスタジアムで日ハム・西武戦が行われ、日ハムの大谷投手がプロ入り初の完投・完封勝利を飾りました。
 試合前日、栗山監督は市内船見町の称名寺にある大谷投手と同じ岩手県出身で、昭和14年の試合中に頭部に牽制球を受け42歳で亡くなった函館太洋倶楽部の「久慈次郎」監督兼選手のお墓参りをされました。

 大谷投手の勝利に、同郷である久慈選手の後押しがあったのかもしれません。

 写真は久慈選手の墓前に花を手向ける栗山監督。
 栗山監督には、平成18年の函館太洋倶楽部100周年記念の際に、講演をしていただいています。






(写真提供:日本ハムファイターズ)
2012.10.10up

10月7日(日)仙台市民球場で開催された第5回東日本クラブカップ大会、
函館太洋倶楽部優勝の新聞記事です。
全国を3地区に分けたクラブチームの大会で、中部日本は、「WIEN94(東京都・南関東)」が、西日本は、「アークバリアドリームクラブ(四国)」が優勝しています。

○新聞記事の内容は、下(↓)をクリック
2012-sendai.PDF へのリンク
2012.04.28up  5月25日から始まる都市対抗野球道予選の組み合わです。(北海道新聞より)
2011.12.01up

○オーシャンの応援をつづけて65年、熱烈なファン小町登志喜さんが去る11月21日に亡くなられました。

 小町さんは小学生のころ父親に連れられてオーシャンの試合を見に行って以来、オーシャン倶楽部の監督や選手、選手の家族等を含めて一番オーシャン倶楽部の試合を見続けてきた方です。小町さんが初めてオーシャンの試合を見たのは、戦後間もないころ。「右翼の山下選手(法大-太洋-近鉄パールズ)の送球は、捕手の構えるミットにノーバウンドで届いた」。日本最高水準の選手のプレーに魅了され、球場へ通うようになった。」昭和から平成へと、チームの浮沈を目の当たりに見てきた小町さん。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(1934年生まれ、函館商卒)
komati.pdf へのリンク   ←過去の新聞記事はこちら
2011.03.30up

 3月26日北海道新聞のスポーツ欄に掲載された記事です。

 日本選手権中止 都市対抗は秋に    社会人野球

 社会人野球を統括する日本野球連盟は25日、東京都内で臨時理事会を開き、東日本大震災の影響を受け、8月26日に東京ドームで開幕予定の都市対抗大会を秋に延期し、10月29日開幕の日本選手権を中止した。節電策として、都市対抗の会場を東北・関東以外にする。
 日本選手権の中止は初めてで、都市対抗優勝チームを同選手権優勝とみなす。「がんばろう 日本」をスローガンに掲げ、各大会の会場で義援金を募る。
 また9月の全日本クラブ選手権をナイターにしないことも決めた。
2010.08.24up

 函館太洋倶楽部の選手として活躍した益田喜頓さんや猿田 興平選手、また現役の吉田 剛投手は、北海道野球界の名門、北海中学(北海高校)の出身です。この北海中(北海高)野球部の戦いの歴史を取りまとめた「北海野球部百年物語」が北海高等学校野球部史制作委員会から平成21年9月に発行されました。同校の記録だけでなく、北海道における野球の歴史が明治期から詳細に紹介されています。B5版で実に1,565ページ、定価は12,000円と高価ではありますが、真の野球マニアにとって必見の一冊です。また、今、ご注文の際に、函館太洋倶楽部全国大会出場応援と明記いただければ、発行元のご厚意により2.000円がオーシャン倶楽部に寄付されますので、是非、この機会にご購入をお願いいたします。
詳しくは、右欄をクリック!
「北海野球部百年物語」
平成22年7月19日 全日本クラブ野球選手権北海道予選優勝 於:栗山町民球場  最前列額の写真は「故上野将吾前主将」
  函館太洋倶楽部支援
     自動販売機第1号機


  函館市吉川町6番5号にある北海道和光純薬(株)函館営業所前に函館太洋倶楽部の運営支援をしてくれる清涼飲料の自動販売機が設置されています。この自販機で清涼飲料を買っていただくと、売り上げ金の一部が運営資金として太洋倶楽部に支払われます。お近くをお通りの際は、是非、お買い上げ願います。また、この自販機を設置していただける方がいましたら、オーシャン倶楽部までご一報ください。
○詳しい場所は、こちらから